[ROCK'N ROLL DIARY]
2001.7.2.更新

2002年6月30日
 YURAさまが第14帝国のライヴ(と呼んでいいのだろうか?)に誘ってくれたので、DAISHIくんと3人で見に行く。超面白かった〜。今月は、3本も芝居を見てしまった(^−^)。終わってから、なんとなく流れで楠本元帥とスタッフの打ち上げに、YURAさまと一緒に紛れ込む。で、元帥といろいろ話をしたんだけど、彼は「元帥さん」と呼ばれるのが嫌いなんだって。元帥自体が人の呼称なのだから、それにまた「さん」をつけるのはおかしいという理屈はわかるんだけど、初対面なのに「元帥」とよびつけるのも気がひける。YURAさまといい、元帥といい、呼び方に頭を悩ますオーシマなのであった……。
2002年6月29日
  ロンドンから来た二人組ユニット「ユミユミ」と待ち合わせをして、渋谷AXで行われたイベントを見に行く。イージー・ウォーカーズ、Dope HEADz、レッド・ウォリアーズ、アースシェイカーと、出演バンドは古くからの知り合いばかり。客席のほうにも、森重、HEESEY、DAX(元デビルス)、MAD等、懐かしい顔ぶれがいっぱい。で、終演後は懐かしい人たちと、ビールを飲みに夜の街に。
2002年6月28日
 SHAKA LABBITSのライヴを見に行く。めちゃくちゃ暑い。二階の関係者席にいたのに、途中で、酸欠で意識を失いそうになるほど、暑かった。
2002年6月27日
 ShameくんとI.N.A.ちゃんの取材。「にんにく注射」のおかげで風邪を克服したShameくんと、ニュー・アルバムのジャケット写真が26歳にしか見えないと物議をかもしているI.N.A.ちゃんは、相変わらずグッド・テンションだった(^−^)。
2002年6月24日
 ShameくんとHEATHの取材。終わったあと、車で帰ろうとしたら、道に一人でポツンとたたずんでいるShameくんを発見。「おにーさん、どこに行くの?」とナンパしたら、「風邪を引いたので、病院に行く」というので、送っていくことにする。Gacktくんがライヴでいってた「にんにく注射」を打つんだといってたけど、もうすぐライヴだし、早く治ってね!
2002年6月23日
 吉田メタルくんが出演しているお芝居「ピッチフォーク・ディズニー」を見に行く。メタルくんから「新感線とは違って、難解なお芝居ですよ」といわれていたんだけど、わたしは結構楽しかったな。で、今、この芝居の作者フィリップ・リドリーという人の作った映画「リフレクティング・スキン(柔らかい殻)」を見たいと思っているんだけど、DVDかビデオになっているのだろうか。知ってる人いたら、教えてください。
2002年6月22日
  SWEETグループ社長の阪上氏に、取材をする。これは、8月24日に行われるSWEET TRANCEのパンフレットのためのインタビュー。7年間の歴史等いろいろ語ってくれたので、当日、イベントに行く人は、パンフレットも読んでね(^−^)。
2002年6月21日
 夜の7時から、Dir en greyの撮影&取材。この日は3誌の撮影の合間をぬって、5人のパーソナル・インタビューを個別にしなくてはならないという超ハード・スケジュール。「終わるのだろうか?」と不安だったのだが、結構、取材はスムーズに進み、5人分(約5時間!)のインタビューは、夜中の2時過ぎにはすべて終了した。ホッと胸をなでおろしたわたしはさっさと帰ろうとしたが、まだまだ仕事が残っていたメンバーと他のスタッフから大ブーイング。でも、帰ってきちゃったもんね〜。結局、この日の撮影がすべて終わったのは、朝の5時頃だったらしい。お疲れさま→とくに、朝の11時まで飲んでいて、スタジオに来た時はまだ酔っていた(?)Dieくん(笑)。
2002年6月20日
 昨日に引き続き、Dir en greyのライヴに行く。終演後は、打ち上げに。 早めに帰ろうと思っていたが、TOMMYちゃんとMARRYちゃんの思い出話などになり、結局、朝の4時までになってしまった。
2002年6月19日
 あの時と同じように、お通夜の日は土砂降りだったけど、お別れの日は青い空がまぶしすぎるくらいの快晴でした。MARRYちゃんはたくさんの花に囲まれ、大勢の仲間たちに見送られて、空へ還っていきました。夜は、Dir en greyのライヴ。真夜中。留守電にメッセージが残っていました。TOMMYちゃんから、たったひとこと「ありがとな」と。タクシーの中でそのメッセージを聞いて、泣きました。
2002年6月18日
MARRYちゃんのお通夜。雨だった(涙)。
2002年6月15日
 yasuと一緒に、Gacktくんのライヴを見に行く。開演前にバックステージの控え室に通されるが、オープニングの映像が始まると「俺は、ちゃんと最初から見たいのにぃ!」と、楽屋でジタバタ暴れるyasu。二階席に案内されると、「ここじゃ、Gacktさんの顔が見えないぃ!」と、叫ぶyasu。終演後、Gacktくんと話をしてしっかり握手までしたというのに、「緊張して、何も覚えてない……」と、肩を落とすyasu。この日、おかげでわたしは、ずーっと笑いっぱなしでした(笑)。
2002年6月14日
 新宿ロフトにHUSHを見に行く。前回に見た時よりも格段にカッコよくなっていて、◎。次のライヴが楽しみな頼もしいバンドぢゃ。TAKAちゃんに打ち上げに誘ってもらうが、サッカーで日本が勝ったため、新宿の街はすさまじいことになっていて、早々と帰宅する。ドサクサにまぎれて、触わんなよ、にわかサポーターめ(怒)。
2002年6月12日
 DUST BOXという新人バンドの取材。今月は、SCRACH 4 JAGGARという新人バンドも取材したんだけど、最近は新人といえどクオリティの高いバンドが多く、頼もしい。

2002年6月9日
 H.Rカオスの公演に、両親と一緒に行く。会場に着いたら、久しぶりにスティーヴ衛藤氏と会ったので、しばし雑談。昔からの知り合いに久しぶりに会うと、「今、どうしてるの?」とか「あの人、何やってるの?」なんていう話に花が咲いてしまう。夜は風物詩だと思いながらサッカーの試合を見始めるも、ついつい最後まで見てしまった。ルールもよくわからないのに(笑)。でも、日本、勝ってよかったね。4年前に飲み屋のテレビで偶然見た時よりも、素人目にもすごーく強くなってたように思う。決勝リーグに出られると、いいね〜!
2002年6月8日
 ジグ・ジグ・スパトニックを渋谷クアトロに見に行く。この日記を読んでくれてる人の99パーセントは知らないと思うけれど、ジグ・ジグ・スパトニックは80年代の半ばに彗星のごとくあらわれ、「史上サイテーのロックンロールバンド」との評価を得て、あっという間にいなくなっちゃった幻のバンド。トップページにも書いたけど、来日公演をやっていないジグ・ジグのライヴを、ロンドンとニューヨークで見てるなんて人なんて、日本広しといえども、他にはまずいないと思うよ。当日になって一緒に行くはずの友人が風邪で倒れてしまったのだけど、ひるまずわたしは一人でライヴに行ってきた。会場に着いた瞬間、新作(?)CD3枚とTシャツ3枚を購入し、一人でビール飲みながら盛り上がってきましたよぉ。やっぱ、好きだな、このバンド。打ち込みの音が昔と変わらずチープなところが、素敵だわ!
2002年6月6日
 「スサノオ」を見に行く。オロチ5人集、懐かしいよぉ(涙)。楽しかった。でも、橋本さとしさんと吉田メタルくんが出てなかったのは、ちょっと残念。
2002年6月4日
 うちに柴田亜美さんとF嬢がやってきて、タイ料理パーティ。先月、泥酔くんになって柴田さんに家まで送ってもらうも、自分の家がわからず(トホホ)、深夜にも関わらずF嬢やTAKASHIくんに電話をかけまくるという迷惑女になってしまったお詫びなのだ。でも、この日はベロベロにはならず、淑女の飲み会。12時前にはお開きとなり、一人でホケーッと片付け物をしていたら、新潟にいるTAKAちゃんから電話があった。「今日は、大丈夫?」という心配コール。「大丈夫だよ」と答えると「なぁんだ、つまんない」というTAKAちゃんの声のほうが酔ってるような気も
したが(笑)、わざわざ遠隔地から電話をくれるなんて、持つべきものは友……と、感動。
2002年6月2日
 わたしの家で、田澤孝介くんの撮影がある。「南の島にある家というイメージで撮 影したい」ということで、うちに何度も遊びに来たことがあるスタイリストのミカリンに「貸して〜」と頼まれたのだ。で、当然(?)、うちで撮影ということになれば、元タレント猫であるウランの登場! でも、最近、ウランはお客さんが来ると機嫌が悪く、この日も田澤は「ひっかかないよね〜」とかいいながら、恐る恐る抱いていた。でも、ウランとツー・ショットで撮影したタレントさんは、深田恭子→堂本光一→Gackt→とみなさんかなりメジャーどころ。ウランの魔法で、田澤がスーパースターになる日も近い!?

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