[ROCK'N ROLL DIARY]

2003年12月21日
 大宮のアルシェで、ブランド「ブラック・ピース・ナウ」「ピース・ナウ」のファッション・イベントのMCをする。トーク・ゲストが、Shllaだったからなのだ。彼らに会うのは半年ぶりくらいだったんだけど、海斗くんがムチャクチャ痩せてたのにはビックリした。だって、顔のラインが違うくらいなんだもの。「ちょっとデブになりかけてたんだけど、自然と痩せた」といってたけど、うらやましい限りぢゃ。この日はメンバー全員が「ブラック・ヒース・ナウ」の服を着てたんだけど、全員がレディースをカッコよく着こなしてて、ちょっとむかついた。みんな、細すぎ〜!(笑)。でもって、トーク・ライヴはムチャクチャ盛り上がって、本当は30分の予定だったところを1時間もやってしまった。すごく面白くて、ハッと気がついたら30分も予定をオーバーしてたの←誰か、教えてよ〜(涙)。屋外で寒かったのに、Shullaのみなさん(とくに、へそだしファッションだった優一くん)、ごめんさない。でも、5人の個性がよーくわかって、わたし自身も楽しめる時間だったよ!
2003年12月19日
 SHAKEのソロ・プロジェクト、サイコデリシャスのライヴを見に行こうと新宿を歩いていたら、ニット帽をかぶったあやしい外人が追いかけてきた。ビックリして逃げようとしたら、いきなりその外人が日本語で「大島さん!」っていうの。驚いてよく見たら、それはGEORGEだった。すごい痩せてたうえ(年末のライヴのためにダイエットしたんだとか)、髪を全部ニット帽に押し込んでいたので、全然、わからなかった。逃げようとして、ごめんね(笑)。
 ライヴはとても心地よく、いい空間だった。でも、わたしのうしろに大きなマスクをした金髪のまたもあやしい外人がいて、ゆらゆらと身体を揺らしてリズムをとりながらライヴを見てるの。「また変な外人だよ」と思ったら、森重だった。最近、目が悪くなったのかしらん……。
2003年12月15日
 久しぶりにシマあつこさんのHPをのぞいたら、むかーしむかしのロックンロール日記の挿絵に描いた「ちりとりを持ってるhideちゃん」のイラストがアップされていた。「何のイラストかわからない」と本人のコメントがあったので、早速、そのときの話をカキコしたよ。中野で飲んでたとき、別のグループと大乱闘になったことがあったんだ。それで、みんなが戦ってたとき、hideちゃんはいなくて、もう喧嘩が終わりかけた頃になって、ちりとりを持って『よっしゃ〜、かかってこい!』と勇ましく姿をあらわしたの。なんでもみんなが戦っている間、武器を捜してたんだって。ちりとりが武器になるかどーか疑問だし、喧嘩が終わってからやる気満々であらわれるとこなんか、すっごいhideちゃんぽいな〜と思った覚えがある。そんなことを思い出していたときに、ふと、今、だったら、ミュージシャンが喧嘩したとしても、日記には書けないなって思った。今のご時世、喧嘩するミュージシャンもあんまりいないけど、事務所とか周りの人がうるさそーだからね。そう思うと、あの頃はおおらかでよかったな。みんなイメージとかあまり気にしてなかったし、品行方正ないい子のロック・ミュージシャンでいる必要もなかったからね。ホント、ムチャクチャだったけど、みんなすごく生き生きしてた。だから、たまにホントの意味で自由で型破りな人を見ると、「おお、カッコいいじゃん」って思う。少なくなっちゃったから、よけいに痛感するんだろうな〜。

2003年12月10日
ついこの間収録があったのに、またまたHOT WAVEの収録。これが、テレビの世界なのぢゃ。わたしがどっぷりテレビの仕事をしていたときは、10月くらいから「あけましておめでとうございます」なんて、やってたもの。そーそー、「番組対抗隠し芸大会」なんてのにも出たことあって、たしかその練習が11月くらいから始まって大変だったな〜。まぁ、昔の話はさておき、今回のゲストはしゃるろっととヴォーガス・イマージュ。若さ爆発!って感じで、新年にぴったりの元気なゲストだったよ。
2003年12月3日
 富士山の二合目に引っ越したSHAKEのおうちに遊びに行く。「お天気のいい日に行きたいな」といってたんだけど、本当にすごい快晴でまるで絵のように美しい富士山が見えた。夜も満天の星空で、マジに自然の多い場所はいいなと思ったよ。だって、都心のうちから車で1時間40分で着いちゃうんだもんね。昔から「リタイアしたらバリ島で暮らしたい」と公言しているわたしだけど、本当にここ2〜3年、自然回帰志向がすごく強くなっている気がする。今はまだ、たまに田舎に行ってのんびりしたり、ベランダで野菜を育てたりしている程度だけどね……。
 SHAKEと知り合ったのはレッド・ウォリアーズを結成する前だから、もう20年くらいのつきあいになる。それ以来ずーっと仲良くしてて、彼がLAに住んでたときもよく遊びに行ってたし、8年前には一緒にインド放浪の旅にも行った。きっとどちらかが音楽の仕事をやめたとしても、一生友達をやっていけるような気がするな。今回、一緒に行ったカメラマンの三浦麻旅子ちゃん(インドはもちろん、ペルーやトルコにも行った旅仲間)とも20年以上のつきあいだし、ふと周りを見ると20年くらい前から仲良くて今でも定期的に会ってる人が7〜8人いる。全員がちゃんと自分の世界を持って仕事をしているし、こんなに長いこと親しくしていられるって、貴重だな。ホント、友達はとっても大切な財産だと思う。富士山のふもとで星を眺めていたら、そんなことをひしひしと感じた夜だった。
2003年12月2日
 Kagrraのワンマン・ライヴを、渋谷AXに見に行く。で、この日の中打ちで一志くんの野望を聞いちゃった。彼は「ミック・ジャガーよりもお金持ちになる」のが夢で、その暁には「城下町を作りたい」んだって。マイケル・ジャクソンはスーパースターになって、遊園地があるネバーランドを作ったけれど、城下町を作りたいなんていかにも一志くんらしい発想だよね。最近、若手ミュージシャンの夢が小粒になってきているような気がしていたので(だって、「売れたら、2LDKのマンションを買いたい」なんていうんだよ〜)、一志くんのドデカイ夢は気持ちイイ。もし、彼が城下町を作ったら、わたし、その一角で飲み屋でもやらしてもらおーっと。

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