2004年12月27日 | |
インド洋で大地震が起こった。わたしの大好きなプーケットやピピ島が大きな被害に遭って、とても悲しい。店やホテルが壊滅したパトン・ビーチには、多分、延べで30日以上滞在していたので、見るも無残な写真を見て涙がこぼれそうになった。パトンやピピで泊まってたビーチ沿いの掘っ立て小屋みたいなバンガローはきっとなくなってしまっただろうし、毎晩のように通ったロックバーやロブスターのおいしかったレストランやダイビング・ショップは、どうなってしまったのだろう……。今、わたしには義援金を送ることしかできないのがとても歯がゆいが、少しでもお世話になった人のためになればと思って郵便局に行く。 |
2004年12月25日 | |||
武道館に毎年恒例デンジャー・クルーのお祭り「天嘉」を見に行く。長丁場だったけど、面白かったよ〜。終演後は、忘年会をかねた打ち上げに参加。最近はすっかり打ち上げに出なくなっちゃったので、こういう華やかなパーティに出るのはホントに久しぶり。で、この日が武道館デビューだったJACKから、リハーサル〜本番で使った唯一のピックをもらったよ。家宝にしよっ。 |
2004年12月22日 | |
昨年に引き続き、yasu×藤本朗(元X−RAY)の師弟対談。二人が話している様子を見て、ちょっとyasuが大人になったような気がした。昨年は朗さんの話を一生懸命聞いてる感じだったのに、今年はディープな歌の話を戦わせつつ、いろいろ話が膨らんで楽しかったよ。ヤチュリンも、成長してるのね。 |
2004年12月21日 | |
ESPのパンフ用対談で、EXILEのATSUSHIくんに取材。いやぁ、初対面だったけど、彼の熱いガッツにはホントに感動した。本当にこういう人だから、成功をつかめたんだなと痛感したよ。事務所で取材したんだけど、終わったあとは「せっかく来てくれたんだから、お土産を」とEXILEとCOLORのアルバムをスタッフ全員にくれて、しかも丁寧にサインを入れてくれた。優しいし礼儀正しいし熱血漢だし、すっかりATSUSHIファンになっちゃったよ。 |
2004年12月20日 | |
15年ぶりくらいにYOUちゃんと飲みに行く。DEAD ENDが解散してから他のメンバーとは会ってたけど、YOUちゃんとは解散以来。でも、あのほんわかした感じは昔のまんまで、超懐かしかった。ロンドンで一緒に買い物に行ったときのこととか、いろいろ遊んだ思い出話ですごい盛り上がった。今思えば、DEAD ENDは仕事よりも、一緒に遊んでたことのほうが多かったもんなぁ〜。今は河村隆一のバンドでギターを弾いてるYOUちゃん、来年はもっと東京に来てギターを弾きたいといってたよ。本当に素晴らしいギタリストなので、知らない人は1月26日発売のDEAD ENDのコンプリート・ベスト・アルバムを買って、聞きなさい。←詳しくは、トップページを見てね。 |
2004年12月19日 | |
麗蘭のライヴをAXに見に行く。大人が楽しめる素敵な空間。オリジナルの他に、洋楽のヒット曲にCHABOさんが日本語の歌詞をのせている曲も多くて、興味深く楽しめた。3時間半を突っ走る驚異的なパワーにも、脱帽! |
2004年12月13日 | |
20年ぶりくらいに、フジテレビのキャスターの黒岩祐治さん夫妻と食事をする。実は黒岩さんの奥様は中学高校時代の同級生で、黒岩さんとも彼が入社したてで営業にいた頃、イベントの仕事でご一緒させていただいたので、二人の結婚式の二次会の司会をやらせてもらったというご縁がある。最近は年賀状だけのおつきあいになっていたが、わたしはテレビでしょっちゅう黒岩さんを見ていたし(笑)、ひょんなきっかけでまた「ごはんを食べましょう」ということになった。二人ともとっても若々しかったし、とても楽しい時間だった。新しい企画(まだ内緒)、成功するといいですね〜。応援してます。 |
2004年12月11日 | |
今日は、高見沢王子の対談二本立て。一本目は毎月連載のフールズメイト対談で、今月のゲストは雅くん。メル友だという二人だけに対談は盛り上がり、内容も濃かった。雅くんは天真爛漫な少年という感じで、高見沢さんはまるで弟を見るように彼を優しく見ているのが印象的だったよ。それにしても、雅くん、「寝巻きで来ました」といってそのままの服で撮影していたけど、あのハデハデ衣装は本当に寝巻きなのか!? 謎である。 |
2004年12月2日 | |
YURAサマのパーソナル取材。定期的に個人取材をしているYURAサマだが、毎回、必ずビックリ発言がある。今回も、かなりビックリしたことがあったよ。最近、曲作りに目覚めてるYURAサマなので、どうやって作るのかをいろいろ聞いてたら、ロジックという本格的な音楽ソフトを使っているというのね。使い方を覚えるのは相当大変なソフトなんだけど、本を読んで勉強して使いこなしているというので、「YURAサマ、すごいじゃん」と尊敬しかけたのだが、次の瞬間、「インターネットは難しそうなので、まだつないでない」といわれ、その場にいた全員が固まってしまったよ。思わず「インターネットなんて、ロジックの百分の一の労力でできるようになるよ」といったら、隣にいた編集者は「千分の一以下ですね」と、バッサリ。「ええ〜、そうなんですか?」とYURAサマは目を丸くしてたけど、ビックリしたのはこっちのほうだよ。次に会うときに、YURAサマがインターネットを始めてることを祈るばかりだ……。 |
2004年12月1日 | |
韓国映画に初めて日本の曲が使われたと話題の「僕の彼女を紹介します」の試写会に行く。といっても試写会を見るためではなく、緊急帰国してたYOSHIKIの取材をするため。その映画に使われていたのは、X JAPANの「Tears」なので、YOSHIKIは舞台挨拶とピアノ演奏をすることになっていたのだ。当初は6時頃に会場に来てほしいといわれていたのだが、当日になって「その前に新聞用のコメントをとるのを手伝ってもらいたいので、もっと早く来てくれ」といわれる。内容がよくわからずとりあえず会場に行ったのだが、本来のインタビューとは別に新聞用のコメントをいくつかYOSHIKIからもらい、その場で原稿に起こしてすぐFAXで各社に流すというものだった。テープおこしをして原稿を書くわたしの横には、レコード会社の宣伝マンが待機していて、出来上がった原稿を即座にパソコンに入力していく。早くしないと翌朝の朝刊に間に合わないからと、部屋の中はすごい緊張感。今までYOSHIKIの仕事で他では体験できないことをいくつも体験させてもらったけど、こんなことも初めてだ。ビックリだったよ〜。5月以来半年振りに会うYOSHIKIは、さらにたくましくなってて「どうしたの?」と尋ねたら、「最近、極真空手を習ってるんだ」というお答え。ひぇぇ〜、これ以上無敵になって、どうするのぢゃ。でも、2泊でまたLAに戻るという超過密スケジュールは相変わらずだ。 |
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