[ROCK'N ROLL DIARY]

2001年6月30日

 J+JeniusのCD発売先行ライヴ。
この日はフジCSの「J−POPストリート」の密着取材、ビデオ・シューティング、ライヴ・レコーディングといろんなことが重なっていて、とても忙しかった。MCでMが「CD買わないと、金髪にオジサンににらまれるよ」といったら、ファンの方の中にはYUJIのことかと勘違いしてた人もいたみたいだけど、それはミキシング卓の横でレコーディングの陣頭指揮をとっていた岡野氏のことなんだよ(笑)。この日のビールも、とってもおいしかったよ!

2001年6月29日

 う〜、恐れていた通り、2日遅れの筋肉痛。かなぴー。

2001年6月28日

  TAKAちゃんから、「身体中の筋肉が痛い」というメールがくる。
わたしは思ったほどひどくなかったのでそう返事すると、「明日になってから痛くなるようじゃ、まずいんじゃない?」っていうの。そぉかー。年とると筋肉の反応まで鈍くなるっていうことなのね。

2001年6月27日

 フェアリー・フォーレ4人とTAKASHIくんとスタッフとで、ボウリングに行く。
ラジオで「ボウリングに行こう!」という話になり、それをちゃんと実現させたというわけ。でも、ボウリングの投げ方ってそれぞれの個性がすごく出てるんだよね。投げた瞬間のりアクションがいちばん大きいのが、YASU。ミスると顔をクッシャクシャにして、「やべぇ〜」っていうところが面白い。パッと見、いちばんうまそうなのが、AKIHIDEくん。フォームはカッコいいんだけど、スコアはイマイチ……だったかな(笑)。現王園くんとYOKOちゃんは、ボウリングと野球を間違えているタイプ。たぶん、レーンの半分くらいはボールが空を飛んでいた。しかも、現王園くんは毎回必ず勢い余ってレーンの中に入りこんでしまう。なのに、なぜかピンはちゃんと倒れるんだよね〜。ゲストのTAKASHIくんは、先輩の風格を見せて堂々の一位。スペアはきちんと取るし、ターキーを何回も出す等、カッコいいとこ見せていた(ただの酔っ払いじゃなかったのね……)。でもって、わたしは3回ゲームをやって、3回とも最下位。「100いけば、いいなぁ」なんていってる程度じゃあ、仕方ないけどね……。
 そして、楽しいボウリングのあとは、冷えたビールを飲みに飲み屋さんに。なにしろYOKOちゃんなんて3ゲーム目くらいから、「あ〜、早くビールが飲みたいっ」って騒いでたくらいだからね(笑)。運動したあとのビールって、本当においしいんだよねっ。

2001年6月23日

 Gacktくんの横浜アリーナ。
ステージの最後に空へと消えて行ったGacktくんは、天使みたいに美しかったわ。でも、終演後、彼は倒れて動けなくなってしまって、楽屋には行ったんだけど、話をすることはできなかった。くすん。長いツアー、お疲れさまでした!

2001年6月22日

 Dope HEADzのJO:YAくん&PATAの取材。
それぞれソロの取材だったんだけど、PATAは「Dope HEADzPATAの俺に聞くなよ」っていうお悩み相談のコーナーの第1回目だったのね。それで、取材を始めようとテレコを回し始めたら、おもむろに「おい、最初に俺が質問したいんだけど」っていうの。「なに?」と聞いたら、「このテレコのランプはこんな色でいいのか? これは、もしかして、電池がなくなってるんじゃないか?」っていうのよ。たしかに、電池のパワーを示す赤いランプの色はすこぶる悪い。「ん〜、たしかにそうかもしれない」とわたしが口をモゴモゴさせていると、自分のバッグの中から電池を取り出して「これ、入れてみ」とくれた。果たして、PATAがくれた電池をセットしたら、テレコはいきなり元気いっぱいに変身。なんでもゲームのために、いつも必ず電池はバッグに入れて持ち歩いてるんだって。やっぱりいざという時には、とっても頼りになるPATAちゃんですぅ。ちなみに、このPATAの新連載、すっごく面白いよ! JO:YAくんのヒストリーも面白いし。両方とも7月売りのアリーナからスタートするので、読んでね!

2001年6月20日

 テレビ埼玉の「HOT WAVE」にJ+Jeniusが初出演することになり、その収録。
いつもは出演者として局に行くのだけれど、今日はスタッフである(笑)。なにしろテレビ出演が初めてのメンバーもいて、「赤いランプがついているカメラに向かって、しゃべるんだよ」なんて、収録前には初心者向け講座を開く。でも、いざカメラが回り出したらみんな堂々としていて、とてもテレビ初出演とは思えなかったよ。本番中なのにTAKUYAが平気な顔してビールをグイグイ飲んでたのには、ちょっと驚かされたけどね(笑)。


2001年6月18日

 お昼から、ジャンヌの取材。
彼らはようやくレコーディングが終わって、今日から取材期間なので撮影スタジオにお邪魔したの。プロデューサーの岡野さんに「コテンパンにやられました」というyasuに、「あとで会うけど、何か伝言は?」と聞いたら、「大好きだっていっといてください」だって(笑)。
 その後、フェアリーとラジオの収録。最近は4人のキャラクターもよくわかってきたので、番組で一緒にしゃべるのがなかなか楽しい。この日はプラのTAKASHIが電話ゲストで出演してくれたんだけど、その時に「今度、ボウリングに行こう」という話で盛り上がる。ボウリングなんて、何年、やってないだろー。
 ラジオが終わってから、J+Jeniusのレコーディング・スタジオへ。つまり、この日は撮影スタジオ〜ラジオの収録スタジオ〜レコーディング・スタジオと、3種類のスタジオを渡り歩いたことになる。疲れたピー。 

2001年6月17日

 さっきまで飲んでいたのに、もう起きてお仕事。
今日はレコーディングの初日なので、早くにスタジオ入りしなくちゃならなかったの。眠いわ、まだ酔ってるわで、相当しんどかった。まぁ、自業自得なんですけどね。

2001年6月16日

「打ち上げがあるから、おいでよ〜」という誘いで、またまた「垂直の夢」の公演場所へ。
友達と待ち合わせをした劇場の近くのカフェには、いかにもSUGIZOファンっぽい人たちがいっぱいいる。でも、開演時間10分前に劇場に入り口に行くと、なぜか電気が消えていて、誰もいないの。係員のおじさんに尋ねたら、「公演はもうとっくに終わりましたよ」と冷たいひとこと。がーん! いつもは夜の7時半開演なのに、今日は最終日でしかも土曜日だから4時開演だったんだって。カフェにいたファンの人たちは、これから劇場に行くんじゃなくて、もう公演を見たあとお茶していただけだったのね……。あわてて妹に電話したら、「おねーさん、どこにいるのっ!」と怒られ、そのまま打ち上げ場所を教えてもらってそこに直行した。くすんくすん、相変わらずドジなわたし。
 で、公演も見てないのにガンガン飲んで、いい気分で酔っ払ったので家に帰ったら、「二次会はおね−さんちのすぐそばだよ」というお誘いが。それで、また出かけていって、結局、朝の6時まで。それでもわたしは翌日(当日?)10時に起きなくてはならなかったので、みんなより早く帰ってきたんだよ。あんなに身体を使うダンサーの方々、みなさん、タフですね−。

2001年6月15日

 長年の友人であるディスクガレージの社長中西氏と、「垂直の夢」を見に行く。
初日に見た時、とっても素敵な舞台だったので、また見に行くことにしたんだ。この日は、PSYCHO LE CEMUのメンバーや、TERUとTAKURO、夜の部には及川みっちーも来るといってた。さすが、顔の広いSUGIちゃん。

2001年6月12日

 H・アール・カオスとSUGIZOのステージ「垂直の夢」の初日を見に行く。
二つの個性がうまく溶けあって、一つの作品に美しく昇華していた。SUGIZOの作った音楽も彼の世界感を十分に発揮していたし、H・アール・カオスのダンスもいつもながら素晴らしかった。最近、わたしが見た作品の中では、いちばん好きかも。でも、終わったあとにSUGIZOと話したら、「実は、身体中傷だらけなんだ」といって生々しいあざを見せてくれた。ステージではそんなことまったく感じさせないけれど、影ではやっぱりいろいろ苦労してるんだね。


2001年6月10日

 SUGIちゃんから、「Hアールカオスの音楽、すっごいいい出来だよっ!」という電話が入る。
初日を2日後に控えているのに、TDがあがったのがおとといだったんだって。時々、妹から「SUGIZOさんはスタジオにこもっていて、テープを待ってたら届いたのは翌日の昼だった」なんて話を聞いてたので、SUGIちゃんの嬉しそうな声にホッと一安心。わたしは初日に行くんだけど、とっても楽しみだな〜。

2001年6月9日

 トップページにも書いてあるけど、大ドジ踏んだhideミュージアムの取材。
これは、7/20に発売されるhideミュージアムのカタログ本のための取材だったんだ。ヨレヨレになって15分遅れでミュージアムに着き、それからみっちりインタビューを3時間。それから、帰りにまた4つの料金所に寄って無賃走行のお金を払い、東京に着いた頃は本当にヘトヘトだった。でも、まだ打ち合わせが一つ残っていて、場所はJanne Da Arcがレコーディングしているスタジオ。ジャンヌの取材じゃなくて、プロデューサーの岡野ハジメさんとの打ち合わせだったんだけど、yasuは「何しに来たんですかぁ?」と不思議そうな顔してる。だから、「取材の日程が入ってるから、レコーディングが順調に進んでいるかどうか、チェックしに来たんだよ」といっておいた(笑)。なにしろ、取材当日に歌の入ってないオケだけのテープを聞かされて、それで取材をしたことがあるからね。yasuには、「今度、取材の時に歌が入ってなかったら、絶対、その場で歌ってもらうからね」っていってるわたしってば、オニ?

2001年6月6日
 テレビ埼玉「HOT WAVE」の収録。
7月のマンスリー・ゲストは、JURASSICのみなさま。真っ白な衣装からロックっぽい衣装にイメージ・チェンジした彼らだけど、この日の収録は大変だったのよ!
 というのは、番組スタッフが「今日はビールでも飲みながら」なんていって、星子さんとSHINGOくんはビールを飲みながらの収録だったのね。でも、スタジオって照明がたくさんあって暑いから、星子さんはリハーサルの時からビールをグイグイ。もぉ、第1回目の収録が始まった時には、かなりの酔っ払いくんだったの。一応、この番組、台本があるんだけど、話は右に左にそれまくり。無邪気に思うがままに話を転がす星子さんと、その隣で必死に話を元に戻してまとめようとするけなげな(?)オーシマ。ハッキリいって、それ見てるだけでも相当面白いと思うよ。わたしは、VTR見るのが恐いけどね(笑)。
 で、収録が終わったあとも勢いは止まらなくて、番組の司会者トリオ、サトちゃんとオイスターズの二人とスタッフと、もちろん星子さんも一緒に、居酒屋へ。最初は「ほんの1時間」なんていってたのに、気がついたらほとんど終電だった。でも、楽しかったよぉ〜。
 星子さんの酔っ払いぶりと、オーシマの慌てぶりと、それにカッコいいけど面白いJURASSIC、是非、見てね!
2001年6月4日

 茨城栃木放送「スイートトランス・ジェネレーション」の収録。
この日の番組中で、わたし、大ボケをかましちゃったのよ。TAKASHIくんがこの前引越しをしたので、「もう荷物は片付きましたか?」というお便りがリスナーからきてて、YOKOちゃんが「でも、TAKASHIのうちの電子ジャーは、いまだにビニールがかかったままなんだよね」って暴露したの。それで、わたしが「でも、もう季節的にコーヒーとか飲みたくなるような感じじゃないから、あんまり使わないよね」といったのよ。その瞬間、2人がすごい不思議そうな顔して、しばらく空白の時間が流れたんだよね。そして、TAKASHIが恐る恐る「あのぉ、電子ジャーであんまりコーヒーは沸かさないと思うんですけど……」っていった瞬間、わたしは自分の勘違いに気がついて、顔が凍ってしまったわ。あー、あの会話、そのまま、オンエアされちゃうのかな……。くすん。

 その日の夜、前々から頼まれていた友達の結婚の証人になる。どーいうことするのか全然わかってなかったんだけど、ただ証明書にサインしてハンコウを押せばいいだけだった。で、彼と待ち合わせしたのが、某駅前の焼き鳥屋。それにしても、神聖な結婚証明書にサインしたのが焼き鳥屋のカウンターで、しかも、ビールを飲みながらっていうのが、超ロックだわ。どーぞ、お幸せに〜!

2001年6月3日

 Gacktくんのライヴを、お友達の漫画家柴田亜美さんと見に行く。
柴田さんにGacktくんを紹介したら、「きゃあ〜、テレビと同じしゃべり方!」と感激していた。それで、Gacktくんがたくさんの関係者1人1人にきちんと挨拶して回っているのを見て、「すごい真面目な方なんですね」といってたよ。そのあと、二人でタイ料理を食べに行ったんだけど、夜中の2時過ぎにはもう彼女のHPにこの日の出来事がアップされていたのには、びっくり! 
見習わなくちゃ……だわ。

2001年6月1日
 夜中にyasuから、「ごはん、食べよ−」っていう電話がある。
ご近所さんなので車で迎えに行ったら、家から出てきたyasuは携帯で誰かとしゃべっている。それから、車の中でもお店に入ってからも、彼はずーっと真剣に誰かとしゃべり続けているんだよね。どうやら内容は、歌詞についてみたい。よく彼はインタビューで「歌詞は何回も書き直す」っていってるけど、レコーディング前はこんな風に苦労しているんだね。でもって、マジな話をしているyasuの横で、わたしは一人でさっさとビールを飲み始めてました、すいませーん(笑)。

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