[ROCK'N ROLL DIARY]

2005年9月30日
 三浦麻旅子嬢の写真展クローズド・パーティ。モロッコ旅行を基にして書いたわたしの文章を、SAKURAが朗読して、SHAKEが即興でギターをつけるというパフォーマンスを行う。やることだけは2ヶ月くらい前に決まってたんだけど、SAKURAが忙しくてなかなか打ち合わせできず、しかも原稿が完成したのは2日前という超バタバタ。結局、全員が顔を合わせたのは当日の午後3時で、しかもSAKURAは前日の夜中に某バンドのレコーディングが終わり、朝まで飲んでてまだ二日酔い状態。なにしろ朝の8時に「これから帰るところなんだけど、今日は何時に集合?」という電話がかかってきたくらいなのだ(笑)。本番中、わたしはSHAKEの原稿めくりをしてたので、出演者でもないのにとっても緊張してた。おかげで、麻旅ちゃんの写真のスライドを見る余裕もなく、二人のパフォーマンスも外音でしっかり聞くことはできなかった。でも、なんとなくいい空気だったんじゃないかなと思う。忙しい中、きちんと原稿を読んで自分なりの世界を作ってくれたSAKURA、素晴らしくイマジネーションの広がるギターを弾いてくれたSHAKE、文章にあわせた写真をスライド上映してくれた麻旅ちゃんに、感謝×××。チャリに乗って遊びに来てくれたSHUSEも、サンキュでした。
 原稿は、近々、形を変えて、このサイトでも発表したいと思います。お楽しみに。
2005年9月29日
 アラ・スタ1.5本番。わたしはまたカメラマンになっていて、ライヴの写真とかチケット販売の様子とかをふつーのデジカメで撮っていた(プロ用じゃないよ)。出口でチケットを売ってるなすびさんを撮ったら、「これは、次のパンフレットに載る写真かな?」といいながら、しっかりポーズを決めてくれた。ドキッ、何でバレるの←てか、普通、わかるか。
2005年9月28日
 ドレミ團ペニシリンと、取材二本立て。ドレミ團はHOT WAVEで顔をあわせているものの、ちゃんとした取材は初めて。でも、最初から最後までずーっと大爆笑の連続で、超面白かった。だって、ニュー・マキシの取材なのに、音源もPVも作るのはこれからで、すべて未来形のことを語ってもらったんだもん。PVの話なんて暴走して、「土砂降りの中で女の子を待たせたい」「ハーレーに乗りたい」といいたい放題。今度のPVのこと聞きたかったのに、みんな自分の夢を語るもんだから、話がどんどん飛躍していた。でも、こんなに笑った取材は久しぶりだったよ。
 ペニシリンは、ニュー・アルバムについての取材で、GISHOくん以外の3人が出席。実は、出来上がったばかりの音源が届いたのが前日の深夜で、わたしは当日の朝7時から彼らの音を聞いたんだ。アルバムの前半はミスターが前々から語っていたように「地獄からこんにちは」って感じの曲が多かったんだけど、後半はポップでメロディアスな曲が多くてビックリした。その話をみんなにしたら、「朝7時から、あのアルバムを聞いたんですか?」というので、「前半でしっかり目を覚まされて、後半でさわやかな気持ちになってお出かけできたから、意外に朝にあってるアルバムかもよ」といったら、喜んでいた。みなさんも、どーぞおためしあれ。
2005年9月26日

 友達から、「レストランのオープニング・パーティで、15000円のディナーがただで食べられるけど、行かない?」とのお誘いがある。その直後、YURAサマから別件で連絡があったので、「一緒に行かない?」と誘ったら、「ただメシっすか。いいですね〜」ということで、合流。連れて行かれたのは、胡弓とバイオリンの生演奏が流れている超バブリーなレストラン。でも、たまたまジャケットを着ていたYURAサマは、ジーンズなのにわりとその場の雰囲気になじんでいたよ。さすがおとこまえ担当(笑)。
 そのとき、出席者には全員お土産のくじが配られて、同じテーブル6人のうちわたしも含む5人には、その日にライヴをやってたアーティストのCDが当たったのね。みんなで、「これが参加賞かな」なんて話していたら、YURAサマのクジだけ大きく「はずれ」の文字が(笑)。「僕、マジに落ち込んでます」といってたけど、あの日のオープニング・パーティで、はずれくじを引いた人、いったい何人いたんだろ。逆に、そっちのほうがめずらしかったりして。


2005年9月24日
 ラルクの東京ドーム。この日のライヴはアジア・ツアーのファイナルなので、ヒットパレードでおなじみの曲ばかり。演奏曲目のうちシングルが17曲で、そのうち15曲がチャートの1位になった曲というのだから、ホントにすごいよね。ドームの怒涛のような歓声もすごかったな。
 終演後、yasuに会ったら、「大島さん、4つ隣のボックスにおったやろ」とまた指摘される。ひぇ〜、うしろの方に座ってたのに、なんでわかるの? さらに、イケメンSマネージャーが、「ホントにどこにいてもわかりますね」とダメ押し。最近、秋だから髪も黒っぽくして、服も地味目なのに、なんでバレるの〜。マジに悩むよ。
2005年9月23日
 エンタマの収録。今回もイキのいいバンドや、超イケメンの外人シンガーなどが登場して、盛り上がったよー。MCのとき、司会陣に「大島さんは、どこで服を買うんですか?」と聞かれたので、「渋谷のパルコとか」と答えたら、飯島愛ちゃん安藤アナウンサーに「えーっ!!」と思い切り驚かれた。さらにやるせなすの中村さんに「マルキューには、行かないんですか?」と追い討ちをかけられたので、「さすがにマルキューは……」と答えたら、「そうですよね、年齢制限で自動ドアが開きませんよね」と毒舌攻撃を受けた。まー、当たらずとも遠からずってとこかもね……。
2005年9月22日
 kiyoから、メールが来る。実は、武道館のとき、MCでごはんを食べないダイエットをしてるといってたので、終演後に「身体に悪いから、ちゃんと食べて痩せる方法に変えたほうがいいよ」といったの。で、「今度、会うときに寒天ドリンクをあげるよ」って約束したので、取材のときにドリンクとパンフレットをあげたのだ。そしたら、「普通にうまい! 寒天グッズにハマりそう」とのこと。でも、ツアー中にファンからもらったうまか棒が100本近くあって、どうしようともぼやいていた。もー、これは、うまか棒と寒天を一緒に食べるしかないかもね。
 yasuがkiyoが寒天ドリンクを気に入ったという話をしてたので、「わたしも寒天で4キロ痩せたんだよ」と威張ったら「え、大島さん、痩せたん?」と意外そうな顔をする。「ふん。ka−yuくんは『大島さん、痩せてきれいになりましたね』と誉めてくれたのに、なんでyasuはそれさえ気づかないのよ」と怒ったら、「大島さんはいつもきれいだから、わかんないよ。ハハハ」と、まったく口先だけの薄っぺらい言葉で笑われた。くっそー、オボエテロヨ。

2005年9月20日
 ツアーが終わったジャンヌの全員インタビュー。取材場所に向かう途中、道端にポツッと田澤孝介くんが座っている。「あれ〜、何やってんの」と手を振っていたら、目の前をワゴン車が横切り、助手席からyouちゃんが満面の笑みで手を振っている。ものすごいトリプル遭遇(笑)。あとでそのシチュエーションを話したら、Kiyoに「そういえば、大島さん、視線が別のとこ見てましたよね」と指摘され、youちゃんには「僕に手を振ってくれてたんじゃないんですね」としょんぼりされてしまった。すいませぬ。
 取材中、武道館の話になったとき、yasuに「大島さん、どこにおったかわかったで。一階のこのへんにおったやろ」と指摘される。「すいません、今度から変装して行きます」といったら、「どこにおっても、どんな格好してても、わかるって」と笑われた。そのココロは、いったい……(涙)。
 その日は、夕方、あらためてyasuと会って、SHUSEも誘って、ごはんを食べに行く。いつもの焼肉屋でいっぱいお肉(yasuはいっぱいお肉+キムチ+ナムル)を食べて、そののち、うちに来て昔のバンドのビデオを見て遊ぶ。結成25周年のNOVELAとかDEAD ENDの秘蔵ビデオに、2人とも大喜びだったよ。さて、この3人の中で煙草を吸うのは、yasuだけなのね。10年前にやめたわたしと、半年前にやめたSHUSEに囲まれて、肩身の狭そうなyasu。おそるおそる「灰皿、借りてもいいですか?」という彼に、SHUSEは「この2人の前で、煙草吸うん? 早よやめや。煙草なんて、百害あって一利なしやで」と、手厳しい。SHUSEにいわれて、そろそろと灰皿を返却するyasu。まー、そういいつつも、気がついたらパコパコ吸ってたけどね。この日は、久しぶりにゆっくり彼らと遊べて、楽しかったよ。二人とも口を揃えて、「今日のこと、ロックンロール日記に載せて〜や」といってたので、今度、yasuとSHUSEスペシャルでもやろうかな(笑)。
2005年9月19日
  祝「アラスタ2 悪魔城DORAKYURAサマ」公演決定! 今日は、都内某所でYURAサマ元帥メタルくんのアーティスト写真の撮影が行われる。数日前に元帥と会ったとき、「僕ら、誰もデジカメを持ってなくて、写真はすべて携帯で撮ってるんです」というから、「使ってないデジカメがあるから、貸してもいいよ〜」なんて話してた。そしたら、昨日、YURAサマからメールがあって、「明日、デジカメを持って来てください」と書いてある。そこで、撮影場所にデジカメを持っていったら、そこにいるのは3人のみ。「あれ、カメラマンは?」というわたしの質問に、3人は黙ってこちらを見て、ニタリ。というわけで有無もいわせず、カメラマン・デビューをしてしまったよ(笑)。この間、NEVERLANDのレコーディング・スタジオに、HOT WAVEのビデオ・カメラを持って潜入したのに続いて、二回目のカメラマン。この日は、ウォーカー・プラス!の着ボイス録音もあり、わたしひとりでみんなの爆笑コメントも録音したので、もうマルチ裏方の道まっしぐらだわ。それにしても、アラスタってホントに手作りだね。その一生懸命な感じが、楽しいんだよね〜! 

2005年9月14日
 Janne Da Arcの武道館ライヴ。あんなにすごい歓声と、うしろまでびっしり入った武道館を見たのは、久しぶりだ。わたしは初日に遅刻してしまったので、しっかり早めに行って最初から最後までライヴを堪能させてもらった。終わったあと、「ちゃんと10分前から椅子に正座して、メンバーが出てくるのをお待ちしてたのよ」とyasuにいったら、「大島さん、市川は大遅刻やったもんなぁ」とまた笑われた。shujiくんに「ドラムソロのとき、コケたのって気がつきました?」と聞かれたので、「結構、目立ってたと思うんですけど……」と答えたら、「うしろの席からすごい笑い声が聞こえたんだけど、前の人にもバレてたんですね」と、ちょっとしょんぼりしてた。でも、それをネタにして笑いをとったんだから、shuちゃんはエンターティナーだと思うよ〜。
2005年9月13日
 イベントに、アンティック−珈琲店−を見に行く。いいね〜、彼らのライヴ。HOT WAVEのゲストも強引に頼んじゃったし、収録が楽しみだな。
 その後、幸也くんさりのくんゆうすけくんYURAサマ星子さんという素敵な男性陣に囲まれて、ごはん会。エスニック系の店だったので、ゆうすけくんをいじめようと「いちばん辛い料理をください」とオーダーしたら、ちゃんと食べてくれて、しかも涙目で「か〜ら〜い〜で〜す」と想像通りの反応を見せてくれて、嬉しかった(笑)。大兄=幸也、兄=さりの、末弟=ゆうすけという感じで、とってもアットホームな3人。あのホワホワした感じ、取材や収録のときだけじゃなかったのね!
2005年9月12日
 30日の打ち合わせのために、山梨のSHAKEのうちに行く。夕方出かけて、夜中に戻ってくる強行軍。でも、中央高速から見るだんだん暮れていく空は、とっても美しかった。富士山のシルエットもきれいだったし。普段はたいてい運転席にいるので、たまに助手席に乗ると通り慣れた道でも新しい発見がいっぱいあって、楽しい。
2005年9月8日
 とってもいい天気なので、未練がましく最後の夏を楽しみに海へ行く。真夏並みの日差しと気温なのに、超メジャー海岸は人影もまばら。海の家の残骸が、夏の終わりって感じだった。でも、プラプラ遊んでいるうちに、秘密のビーチを見つけて、来年の楽しみができたよ。早く来年の夏にならないかな〜(気が早すぎ??)。
2005年9月3日
 ニューオリンズのニュースに、心が痛む。ニューオリンズは10年くらい前、世界三大祭のひとつマルディグラを見るため、2週間も滞在してたことがある街。このときは三浦麻旅子ちゃんとロック友達の令子ちゃんの三人旅。毎日毎日パレードを追いかけて、ひたすら遊びまくった楽しい想い出がある。泊まっていたのは、テレビにも何回も出てきたフレンチ・クォーターの中のバーボン・ストリートを一本入ったB&B。ホントに民家の一部屋を貸してくれる素朴な宿で、毎朝、家主のおばさんが焼いてくれたパンを食べるのが日課だった。きっとあの家も、その周りも、水没しちゃって、跡形もないのだろう。パンを焼いてくれたえくぼの可愛いおばさんや、子供たちや、可愛いワンちゃんは無事なのだろうか……。
 バリのテロ爆発事件、インドネシアの津波と、自分が直接足を運んだ場所が次々と悲劇に遭うので、とても悲しい。プーケットとピピ島の思い出はこのHPにも書いたけれど、バリのディスコ(と日本では報道されていたけれど、実はカフェやレストランもある大型店。夕方になるとオープンカフェはビールを飲む観光客でごった返していて、わたしも何回も待ち合わせ等で使ってた)も馴染みの店で、いろんな思い出があるだけに胸をしめつけられる想いだ。天災は防ぎようがないけれど、どの場合も人災的な部分が大きいだけにつらい。大変な想いをしている人たちに、一日も早く笑顔が戻りますように。
2005年9月1日
 三浦麻旅子ちゃんの写真展のオープニング・パーティに行く。本当はクロージング・パーティでわたしの文章を読んでくれる予定の某ミュージシャンと行きかったんだけど、彼が仕事でNGになったため、一人で行く。でも、一人でも全然退屈しなくて、ゆったりできるいい空間だったよ。ついついビールとおつまみを、いっぱい頼んでしまった。

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