[ROCK'N ROLL DIARY]

2007年5月31日

 柳ジョージさんの取材。いつも元気なジョージさんだけど、この日はなぜかちょっと元気がない。成毛滋さんとか鈴木ヒロミツさんとか、同世代のミュージシャンの訃報が相次ぎ、いろいろ考えてしまってるからなんだって。わたしも大学の同級生の訃報を聞いたばかりだったので、ちょっとシンミリしてしまう。知り合いの愛猫も他界したばかりだし……。命が消えてしまう話って、どんなケースでも切ないよね……。

2007年5月30日

ヴェルサイユPV撮影が、都内某所の超豪華家具が揃っている一軒家で行われた。個人が集めたというアンティーク家具は、ここが日本であることを忘れさせてしまうほど。「高価な家具ばかりなので、壊さないようくれぐれも注意してください」と事前にいわれていたのだが、メンバーの衣装はみんなすごくヴォリュームがある。ちょっと振り返るだけでも、フリルがひらひら、羽根がヒラヒラ。壁にかかった調度品が落ちないよう、一挙一動に気をつかっての撮影だった。でも、映像はすごいよ。チラッと見せてもらったけど、ホントに彼らの雰囲気にぴったり。完成が、楽しみだなぁ〜。

 その後、河村隆一×YOMI咲人対談が行われるスタジオに移動。初めて見たライヴがLUNA SEAだったという二人は、撮影の時からとっても嬉しそう。いざ対談を始めようと、隆ちゃんと向かい合ってテーブルに座ったら、マジに二人とも目の中にキラキラ輝く大きな星があった。対談終了後には、YOMIくんが持参したCDにサインをもらうほどの徹底振り。そんな二人に隆ちゃんは、ニコニコと先輩ならではのいろんなアドバイスをしてあげてたよ。

 対談が終わった後、タクシーに飛び乗って渋谷公会堂……いや、CCレモンホールへ。Jくんのツアー・ファイナルがあるのだ。対談がかなり押してしまったので、着いたらもうアンコールだった(涙)。だというのに、「打ち上げ行くでしょ」の声に、ついつい会場に……。Jくんに「LA帰りなんでしょ? ライヴどうだった?」と聞かれたけど、Jくんのライヴに大遅刻したことはいえなかった。すんません。


2007年5月28日

 滞在時間72時間と短い旅だったが、多くの感動と発見があった。

 が、しかーし!!!

 ライヴ以外はトラブル続き、苦難の旅行だった。借りたレンタカーが動かなくなって、もともと少なかった自由時間は完璧になくなってしまった。少なく見積もっても、8時間以上はそのために費やした。海外旅行は慣れてるし、LAも30回以上は来てていつもレンタカー移動なんだけど、こんなことは初めて。なにしろ、帰りの飛行機のチェック・インを待ってる間まで、レンタカー会社に電話してどなってたもんね。 ホントに、メチャクチャ疲れたよ。飛行機の中が暇なので、久しぶりに事の顛末をフリー・トークに書くね。原稿に書けば、少しは怒りもおさまるかも(笑)。

2007年5月27日(LA時間)

 怒涛のような3日間が終わり、今、帰りの飛行機の中。日本の音楽シーンの中で常にいじめられっこだったビジュアル系が、自然発生的に海外でムーブメントを起こしているのを肌で感じた旅だった。今まで数多くの日本のミュージシャンが、金の力にモノをいわせて海外進出を狙ったものの、ことごとく惨敗してきた歴史を考えると、これはエポックメイキング的な出来事だと思う。

 このページを愛読してくれてる新旧のビジュアル系ファンのみなさん、胸を張って自慢していいと思うよ!!!

 わたしは会場で写真を撮ったり、ファンの方に質問したりもしてたんだけど、いろんな人に声をかけてもらった。それが、ほとんど外国人なの。何でわたしのこと知ってるのか不思議で聞いてみたら、みんな「ユー・チューブ」「HOT WAVE」との返事。そういえば、以前、沙我くんに「大島さん、ユー・チューブにいっぱい出てますよ」といわれたっけ。髪形を変えたのにわかってもらえて、光栄です。

Dear audience of JRF. Thank you for your answers to my questions, also for taking a picture. I apologize not to answer to your question about J-Rock. Because my english is very poor. I promise to skill up my english to talk with you. Thanxx.

2007年5月26日(LA時間)

 ライヴ2日目。この日も、チケットはSOLD OUT。1日目に比べると、ヘヴィなサウンドを得意とするバンドが多いが、男の子が若干前日よりも多いかなというくらいで、ファン層は似ている。ライヴの盛り上がりも、やはりすごかった。

 終演後、前日同様、楽屋で簡単な打ち上げがあった。そこでYOSHIKIと話したんだけど、「ずっと信じてやり続けていたことが、海外の人たちに認められて、すごく嬉しい」って、ホントに少年のように目をキラキラさせて語ってた。彼のその姿を見て、89年にXメジャー・デビューした時、いろんなところからたたかれながらも「Xはメジャーを変える」と信念を貫き通したことを思い出したよ。 で、「『YOSHIKIは走り出したら、止まらない』って、ロックンロール日記に書いといて」っていわれた。YOSHIKIにそんなふうにいってもらえるなんて、嬉しいな。そしたら、SUGIZOがまたまた「ロックンロール日記って、もう20年くらいやってるんじゃないの」って茶化すの。彼はいつものジョークでオーバーにいったつもりかもしれないけど、ホントにもうすぐ20年なんだよ〜(笑)。

 YOSHIKIとSUGIZOは息もピッタリで、新バンドの話をする時もすごく楽しそう。早く新バンドのライヴが見たいよね!!! この日のライヴ・レポート等もSHOXXに載るので、チェック!

2007年5月25日(LA時間)

 いよいよライヴ一日目。チケットは既にSOLD OUTで、月曜日から並んでるファンもいたらしい。開演1時間くらい前に会場に着くと、長蛇の列! 黒人、白人、アジア系と、いろんな人種がいる。みんなすごくオシャレしていて、着物を着ている子hideTシャツを着ている子もいる。海外でビジュアル系の人気が盛り上がっているという噂は聞いていたけど、こんなにすごいとは!

 会場は、渋谷公会堂を一回り大きくしたくらいのところで、キャパは3000人。開演前にX JAPANのビデオが流れただけで、ファンは大騒ぎだ。そして、ライヴが始まると歓声と興奮はさらにボルテージ・アップ。すさまじいライヴの盛り上がりは、日本以上だ。これは、プロモーション・トークじゃなくて、わたしがこの目で見た事実だよ。

 いろんなファンの子に声をかけてみたけど、みんなホントにバンドのことをよく知ってる。日本語の雑誌やホームページは字が読めないから写真を見るだけだけど、ネット上に数多くのビジュアル系コミュニティ(フォーラム)があって、そこで情報を仕入れてるといってた。
  各バンドのライヴ・レポートや、さらに詳しい会場の様子やファンの声は、SHOXX8月号増刊 SHOCK WAVE(6月28日発売)に書くので、是非、読んでね〜!


2007年5月24日(LA時間)

 久しぶりのLA。今回は、J-ROCKレボルーション・フェスティバルの取材である。いつものように空港でレンタカーを借りて、ホテルにチェック・インした後、着替えてハリウッドのイタリアン・レストランに向かう。今回のイベントをオーガナイズしているYOSHIKI主催のパーティがあり、出演バンド全員が招待されているのだ。2日ほど前にいきなりパーティの司会をおおせつかったので、行き当たりばったりで進行役をつとめる。いつも東京で会ってるバンドのメンバーと、こんなとこで歓談するのはちょっと不思議な感じだ。

 それよりももっと不思議だったのは、YOSHIKISUGIZOGEORGEが一緒に酒を飲んでる光景。なんだか15年くらい前に戻ったような、不思議な感覚だった。だって、みんな全然変わってないんだもーん。YOSHIKIが知り合いの外人さんに「30年くらい前から日本のビジュアル系の記事を書いてるライターの大島暁美さん」とわたしのことを紹介したら(ちょっとオーバー)、横にいたSUGIZOが「もう500年くらい前から、この業界にいるんです」(かなりオーバー)と、すかさず補足。冗談いっぱいなこーいう感じも、昔と変わらない。なんだか、デジャヴみたいだった。

2007年5月23日

YURAサマの収録。今回の収録は台本があったのだが、さすがYURAサマ。大筋はきっちり押さえながらも、アドリブをバンバン入れてすごく面白くしてくれた。やっぱり、アラスタでお芝居をやってるだけのことはある。空調が入れられず、とっても暑い中、お疲れ様でした!

2007年5月22日

 バイオレットの取材。始まる前にメンバーが、出来立てほやほやのビデオを見ていたので、一緒に見る。最終形はメンバーも見るのが初めてだそうで、「あ、ここはこうなったんだ」なんていってるのが新鮮だった。

 続いて、同じ場所でガイズ・ファミリーの取材(彼らは、同じ事務所所属なのだ)。ワンマンの終えたばかりの彼らは、なんだか一回り大きくなった感じがした。ヤンチャなイメージの強いKAITOくんのすごく真剣な話に、もっともっと大きくなって欲しいバンドだな〜と思ったよ。

2007年5月21日

 S.Q.Fの取材。前回、インタビューの最後にちらっとプライベート・トークをしてもらったら超面白かったので、今回は彼らのキャラを前面に押し出した取材をさせてもらった。そしたら、予想通り、爆笑トークの連続。これを読めば、普段はクールに見えるmichi.くんNaoくんの、ホントの姿がわかるはず(笑)。

 7月21日には、フリー・ライヴがあるので、まだ彼らのライヴに触れたことのない人は、この機会に是非! あ、もちろん、ステージはお笑い系ではないよ念のため。

 フリーライヴのインフォメーション→http://www.sqf.jp/pc/

2007年5月20日

INO HEAD PARKのライヴ。彼らのライヴを見るのは3回目なんだけど、いつもとっても楽しい。なにしろ、今回のツアー・タイトルが、「パイレーツ・オブ・イノリアン」なんだよー。TAKUYAくんは「『パイレーツ・オブ・カリビアン3』の広告を見るたびに、うちのバンドの宣伝をしてくれてるように思います」と笑ってた。

イベントだったのでたった5曲と短いライヴだったけど、全員汗だくの全力疾走ライヴだった。

2007年5月18日

ガイズ・ファミリー初ワンマン。メンバー全員、気合い十分ですごく楽しいライヴだった。ステージの真ん中に花道があって、アンコールではそこにドラムセットを組んでの演奏もあった。きっとファンは間近でメンバーが演奏してる姿が見れて、嬉しかっただろーな。

 ライヴ中、裸足で楽しそうにベースを弾いているKAZUTAKEくんの顔が、携帯の絵文字のニコニコマークに見えて仕方がなかった。横で見ていた友達にそれをいったら、彼の顔を見てすぐにわかってくれたよ。ホント、楽しそうなんだもん。パソコンだと絵文字が表示できないのが、残念だぁ〜。


2007年5月16日

 SCREWの取材。和己くん大きなマスクをかけているのでどうしたのかと思ったら、体調が悪くて昨日のライヴの時も相当熱があったんだって。「このままですいません」というので、「気にしないで大丈夫だよー」といって取材を始めたんだけど、気がつくとマスクをはずしてるのね。「あれ、マスクは?」と尋ねたら、「声がくぐもって申し訳ないので、はずしました」という天使のようなお言葉。そーなの、実は取材の後にテープおこしをする時、声が小さかったりくぐもってたりすると、ちょっと大変なんだよね。体調悪いのに気をつかってくれて、ありがとー

 その後、アリス九號.の取材を原宿のオシャレなカフェで行う。彼らは体力勝負の収録を終えてきたところで、いつになくお疲れ気味。何をやったのか聞いてみたら、虎くんヒロトくん100メートル走を何回もやったり、ほとんど運動会状態だったらしい。そんな彼らを見た編集者が「ゴハンも食べていいよ」といったら、「ホントっすか?」とパッと目を輝かせて、いきなり生気が蘇えった。わかりやすいなぁ(笑)。その後、ゴハンのメニューを見ている時の彼らは、本当に至福の表情をしていたよ。

 でも、「食べながらでいいよ」といったのに、取材の時はゴハンを我慢してインタビューに集中してくれた。おあずけにしちゃって、ごめんね〜!

2007年5月14日

ASAGIくんRuizaくんに会う。彼らとちゃんと話すのは初めてだったんだけど、自分たちでバンドをここまで大きくしてきただけあって、ライヴのイメージとはがらりと違う好青年。しかも、ASAGIくんは大の猫好きで(←これも、ステージのイメージと違うにゃん)、愛猫の写真やファンクラブの会報に連載している直筆の漫画を見せてくれた。もちろん、わたしもウランの写真を見せて自慢したよ。そしたら、彼らが作っているミニコミ誌のコーナーに、ウランを載せてくれるとのこと。わーい、やったぁ〜!!! 嬉しくなって、ASAGIくんのメルアドに、いっぱいウランの写真を送っちゃった。きっと重かったよね、ごめんなさい。


2007年5月11日

 ギルガメッシュの取材。彼らとは初対面だったんだけど、写真のイメージこわもての人たちなのかなと思ったら、そんなこと全然なく、屈託のない好青年たち。でも、すっごくいろんなことを真面目に考えていて、えらいなーと思ったよ。音楽に対してもちゃんとしたポリシーを持ってるし、思わず「昔のミュージシャンは飲んでるだけで、なーんも考えてなかったけどね」といってしまった。はい、わたしは紛れもなく、その一員でした。反省(笑)。

2007年5月10日

オパオパ♪未散くんと、打ち合わせ。雑談で現在のインディーズ・シーンの話になったのだけど、ホントに未散くんの人脈はすごい。このシーンで、彼と顔をあわせたことのないバンドマンはいないのでは?ってくらい、いろんな人を知っている。いろんなことを教えてもらったよ。THANX!

2007年5月9日

TINCさりのくんゆうすけくんに会う。いつもポップで楽しい2人だけど、この日もまるで漫才(?)を聞いてるみたいで、いっぱい笑わせてもらった。「ゆうすけは字が読めないから」なんてジョークをいって、さりのくんが文章を読んであげたりしてて、ほんわかキャラは相変わらずだったよ(^ ^)

2007年5月8日

お久しぶりのKAMIJOくんと、打ち合わせのためにプールのあるオシャレなカフェで会う。いつもは駅に近いカジュアルなとこで打ち合わせすることが多いので、さすがヴェルサイユと感心する(笑)。ラレーヌの時、一緒にオーストリアに行って、モーツアルトのお墓に行ったり、教会に上ったりしたことを話して、懐かしかった。彼のニュー・バンド、Versaillesはビジュアルもさることながら、ツイン・ギターのバトルがすごい。乞うご期待!

2007年5月7日

打ち合わせで、INO HEAD PARKTAKUYAくんと会う。現在、絶賛ツアー中の彼らだが、ツアー・タイトルが「パイレーツ・オブ・イノリアン」。どっかで聞いたことあるような……(笑)。しかも、TAKUYAくんが昔やってたバンドが、よーく知ってるバンドだということも発覚して。やっぱ、業界は狭いね〜(笑)。

 その後、某スタジオで河村隆一×雅くんというスペシャル対談。インタビューの前半、雅くんはひざの上にのせたギターを無意識にポロポロとつまびいていて、とっても気持ちのいいBGMになっていた。またまた役得♪ 独唱家×独奏家の顔合わせという企画で、2人のいつもは聞けない面白い話がいっぱいだったよ!

 夜は、新宿厚生年金のライヴを見に行く。ツアーの最終日で、メンバーの気合いがヒシヒシと伝わってくるようなライヴだった。わたしは関係者席で見ていたのだが、隣に親子連れがいて、お母さんがおもむろに2本の旗を取り出したときは驚いたよ(笑)。ライヴが終わった瞬間、誰かがポンと肩をたたくので、振り返ったらheathだった。「楽屋、行こ」というので楽屋口を目指したのだが、わたしも彼も記憶が曖昧で、まだお客さんがいっぱいいる会場の廊下をあっちにウロウロ、こっちにウロウロ。でも、無事にたどり着いてよかった。楽屋に行ったら、ラスト・ライヴを終えたばかりのYUKIYAくんの姿が。元気そうで、よかった。

 その後、ヘアメイク小竹嬢タイ料理屋へ。彼女とは一緒にタイ旅行に行ったことがあるので、会う時は必ずタイ料理なのだ。

この日は、他にも打ち合わせが二つ。午前中からずーっとお仕事で、ようやくタイビールを飲んで、ホッと一息。めちゃくちゃおいしかったよ〜。


2007年5月5日

 とってもいいお天気の日。車を飛ばして、久しぶりにhideちゃん会いに行って来た。2日が命日だったので、お墓は花、花、花……。偶然、お父さまとお母さまがいらして、ファンの方たちが供えてくれたお花が、一日でも長持ちするように手入れをされていた。命日には、1500人ものファンが訪れたという。お母さまは「もう10年なんですよ」と、おっしゃってた。

 わたしは缶ビールを持って行ったのだが、お墓の前には意外とお酒が少ない。「ファンの方はやっぱりお酒よりもお花を持ってくるのかな」と思っていたら、「全部盗まれちゃったんですよ」と聞かされた。命日にはたくさんのお酒がお供えされるのを知ってる人が、夜中に盗んでいっちゃうらしい。

 お供え物のお酒を盗むなんて、バチが当たるよ!!!

 なんてここで怒っても、盗んだ人はファンじゃないだろうから、屁のカッパなんだろうな。

 きっとhideちゃんのことだから、泥棒さんにも「飲め、飲め」なんて、いってるのかもね……。

2007年5月1日

 アリス九號.の取材。マネージャーさんに、「銀ロール、とれなかったよ〜」といったら、あと1つだけ残ってるという貴重な1本をいただいた。
「ホントだ、バンド名が書いてある」といったら、将くんが「でも、ただの黒い印刷なんです。LUNA SEAのラスト・ライヴの時の銀ロールは、バンド名がフォログラフィで印刷してあったんです。僕らもいつか、そんな銀ロールを飛ばせるようなバンドになりたいです」と、大きな瞳をキラキラさせていってた。こーやって、小さな夢を1つずつ実現して、どんどん大きなバンドに成長していくんだね。

 将くんや沙我くんが、ライヴ会場で銀ロールを必死にキャッチしていた姿を想像すると、なんだかとっても微笑ましいにゃん。

メンバー自身も「やりたかった」と楽しみにしていた銀ロール♪



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