翌日。薫ちゃんが朝の9時に起きて、箱根近辺の温泉旅館に電話をかけまくってくれた。土曜日なので「満室です」と断られたところも多かったが、皇女和宮が別荘にしていたという、格式のある旅館の一室を予約することができた。

 夕方4時、いつもと全く同じ格好で、みんなが哲ちゃんのアトリエに集まった。とても、これから温泉旅行に出かける面々とは思えないような服装なのがおかしい。ほどなくして、SUGIZOも到着。しかも彼は何と、テレビ用のメイクをしたまま、やって来たのである!

「みんなが俺を待っててくれてると思うと、メイクを落とす時間ももったいなくて、このまま飛んで来ちゃったんですよ」

というSUGIZOの言葉に、みんなが感涙にむせんだのは言うまでもない。(笑)。

 全員が揃ったところで、早速、温泉に向かって出発。土曜の夕方だというのに、東名高速がわりとすいていたので、6時頃には目的の旅館に着くことができた。川のほとりに建つ木造の三階建てで、いかにも由緒正しい感じがする旅館。

 玄関を入ると、番頭さんや仲居さんがきちんと並んで、「いらっしゃいませ」と、私達を迎えてくれた。しかし、にこやかな彼らの笑顔も、ピンクの髪のHIDEと、赤い髪のSUGIZOを見た次の瞬間、ピタリと凍りついてしまう。レトロな温泉街に住む彼らにとって、HIDEやSUGIZOのルックスは、宇宙人のように見えたのかもしれない。部屋にお茶を持ってきてくれた仲居さんも、チラチラと二人の方を見ている。

仲居「音楽を演奏するグループの方達なんですか?」
SUGIZO 「俺達、ビートルズっていうバンドなんです」
仲居「ビートルズ? ああ、どこかで聞いたことがあるような…」
SUGIZO 「いや〜、俺達のバンド名を知っててくれるなんて、光栄だなぁ」
仲居「私が名前を知ってるくらいなんだから、有名な方達なのね」

 という感じで、HIDEとSUGIZOは、ず〜っとビートルズのフリ(?)を続けていたが、その仲居さんは最後までニコニコと二人の話を聞いていた。

 その後、夕食前にひと風呂浴びようということになり、みんなは浴場へ。帰ってくると、部屋には夕食の支度が整っていた。男性陣は、早くも浴衣姿になっている。でも、HIDEもSUGIZOも、意外と浴衣が似合っていた。赤とピンクの長髪に白地の浴衣と紺色の丹前なんてミスマッチこの上ないけど、そこをうまく着こなしてしまうところはさすがだ。ビールを飲みながら、ゆっくりと食事をした後は、そのまま自然と飲み会へ。ときどき、温泉に入りに行ったり、マッサージを頼んだり、広い旅館の中を散歩したりしながら、夜は少しづつ更けていく。

 かなり広い旅館だったので、他の部屋の声など、ほとんど聞こえなかったのだが、10時を過ぎる頃にはすっかり静まり返ってしまっている。廊下の電気も暗くなってるし、従業員の姿も見えない。しかし、このメンバーがこの時間に静かになれるわけがない。部屋で飲んでいるのも飽きたので、外に散歩に行くことになった。

 出口はすべて鍵がかかっていたが、一つだけ開いているドアを見つけて、外へ。真っ暗な裏庭を歩き回ったり、山越えの出来る細い道を登ってみたり、ウロウロしているうちに、車の通る道に出た。しかし、旅館の静寂さとは裏腹に、その道には車が数珠つなぎになっていて、とても騒々しい。土曜の夜なので、地元の若者達が深夜のドライヴをしているのだ。それらの車が、私たち一団の横を通り過ぎる時、必ずクラクションを鳴らしたり、窓から何か声をかけていく。最初はHIDEやSUGIZOの派手な髪のせいだろうとあまり気にしないでいたが、そのうち、どうやら違う理由であることに気がついた。実は車に乗っている若い男達が、SUGIZOの後ろ姿を見て女の人と勘違いし、さかんに声をかけていくようなのだ。

「こんなに男っぽい女がいるわけない」
と、SUGIZOはブツブツいいながらも、
「足を見せたら、車が止まるかな」

などと言いつつ、浴衣の裾をまくってみたりして、ふざけていた。

 外のお散歩がひと通り終わると、今度は旅館の中を散歩してみることになった。とにかく、この旅館は広い上に、建物が古いので、廊下が迷路みたいになっているのだ。

 探検隊気分であちこち歩き回っているうちに娯楽室が見つかった。ピンポン台に、最近はあまりみかけなくなったゲーム機、20年くらい前のヒット曲が並んでいるジューク・ボックス…。旧式のUFOキャッチャーの景品は、「明治のキャラメル」とか「森永のチョコレート」とか、いったい何年前に作られたのだろうと首を傾げたくなるようなお菓子ばかり。みんな、「まるでタイム・スリップしたみたいだ」と、しばしビックリしていた。

 その後、ピンポンをやろうということになり、みんなで浴衣姿のままプレイを始めた。しかし、薄暗い娯楽室で、古い歌謡曲が流れる中、赤やピンクの髪をなびかせ、夢中になってピンポン球を追う彼らの姿は、かなり不思議なものであったよ(笑)。

 軽い運動をしたせいか、みんなますます元気になり、再び部屋に戻ると宴会の続きが始まった。HIDEは哲ちゃんが長野で買ってきた「にごり酒」がおいしいといって、クイクイ飲んでいる。そして、何が原因だったのか、私にはさっぱり思い出せないのだけど、突然、部屋の中で鬼ごっこが始まってしまった。

 私達の部屋は、20畳二間に四畳半の次の間、渡り廊下と、かなりのスペースがあったのだが、そこを通り抜けて、外の廊下からまた部屋の中へ入ってこられる作りになっていた。つまり一周20メートルくらいのトラックみたいな感じで、グルグルと走り回れるのだ。あとでみんなに尋ねてみたのだけど、この時、なぜ追いかけっこが始まったのか、誰も思い出せない。とにかく気がついたら、HIDEが鬼で、みんなはわけもわからず、追いかけてくるHIDEから逃げ回っていたのだ。

 そのうちHIDEは床の間やテーブルの下に隠れたり、逆まわりしたりと、いろいろと企み始め、その度にみんなキャアキャアと大騒ぎ。とうとう自分達の部屋だけでは飽きたらず、廊下や階段まで走り回るようになってしまった。

 HIDEがトイレに入った時、いったんはこの意味不明な鬼ごっこも終わるかに見えたが、そのすきに哲ちゃんがHIDEの布団を部屋から外に出してしまった。自分の布団が廊下に敷かれているのを見た瞬間、HIDEは、

「こいつら、まだまだやる気だな」

と思ってすごく嬉しくなってしまったそうだ。

 結局、鬼ごっこは40分くらい続いた。時刻は朝の5時。いくら部屋が離れていたとはいえ、きっと他のお客さんはかなりうるさかっただろうな。だって、みんな外で走り回るのと同じ感覚で、ドタバタキャアキャアやってたからね。

 ようやくその鬼ごっこが終わった後、哲ちゃんとSUGIZOは、「汗をかいたから」と、お風呂に入りに行った。ここでHIDEちゃん、最後の、そして最大のイタズラ!!SUGIZOがお風呂に入っている間に、彼の服を全て部屋に持ち帰ってしまったしまったのだ。お風呂から出てきたSUGIZOは、ビックリ仰天。そりゃあそうだよね。自分の服が一枚もなくなってるんだから。

 HIDEはタオル一枚残してこなかったそうで、SUGIZOはその瞬間『ここまでやるか!』とめまいがしたそうだ。しかし、脱衣場を見回しても、体を隠せそうなものは何一つない。そこで、SUGIZOはどうしたかというと、浴場の入口に掛かっていた「湯」と書いてあるノレンを巻いて、部屋まで戻ってきたのだそうである。残念ながら、私はその勇姿を見ることは出来なかったのだが、HIDE曰く、

「袴をはいた若者のようで、りりしかった」
 とか(笑)。こうして、まるで高校の修学旅行のような一夜は、ようやく終わりを告げたのである。ちなみに、私達がやっと布団にもぐりこんだ時、窓の外はすっかり明るくなっていた。
イラスト・ひーchan