MEMORIES

SHOXX1999年6月号 その1

 3月の上旬、2週間にわたってニューヨークとロサンゼルスに行ってきた。NYに行ったのは、実に7年ぶり。前回、行ったのは、92年にX JAPANがワーナー・ミュージック・インターナショナルと世界レベルでのアルバム・リリース契約をし、その記者会見の取材をするためだった。記者会見は有名なロックフェラー・センターのレインボールームで華々しく行われたのだが、NYに一週間滞在していたX JAPANのメンバーにはオフの時間がたっぷりあり、hideとは一緒に夜遊びしたり観光したりショッピングしたり、NYライフを満喫した思い出がある。NYに着いて数日後、オフの時間には絶対に行こうと決めていたヴィレッジのアンティーク・アクセサリー・ショップに行くことにする。7年前、hideと二人でこの店に来たことがあるのだ。
 7年前のその日は昼間がオフで、4~5人でマンハッタンをうろうろしていた。夕方になってホテルに戻ろうということになった時、わたしは以前に何回か行ったことのあるそのアクセサリー・ショップのことを思い出して、「近くに行きたい店があるから、先にホテルに帰っていて」と、みんなと別行動をとろうとした。そしたら、hideも「俺も行きたい店があるから」とその場に残った。それで話をしたら、二人が行こうとしているところは、偶然にも同じ店だった。そのとき、hideはその店で、彼のトレードマークである目玉の指輪をたくさん購入していた。多分、6~7個は買っていたと思う。その店にある目玉指輪はすべて手作りで、本物の義眼を使っていたのだ。日本では本物の義眼でアクセサリーを作ることは出来ないので、彼はこの機会に一気に買いだめをしていたようだった。「ここでしか手に入らないんだから、一個買いなよ」と、彼はわたしにも買うようにしきりに勧めてくれたが、なんとなく気持ち悪いような気がしてわたしは買わなかった。
  そのかわり、アメジストの入ったアンティークのペンダントヘッドに一目惚れしたので、買うことにした。値段は、100ドル。だが、カードを出してサインしようとしたら、伝票にはなぜか1ドルと記入されている。不思議に思ってhideにそれを見せると、ニタッと笑って「ラッキー!これ、間違ってるよ。いいじゃん、このまま黙ってれば、1ドルで買えるよ」という。「えーっ、そんなこといったって……」とわたしが迷っていると、突然、「おじさん。この人、1ドルでこれ買おうとしてますよ。早く直さないと、1ドルでもっていっちまいますぜ」と、おどけた調子で大声でいうのだ。もちろん日本語だから店のおじさんにわかるはずはないのだけど、小心者のわたしはあわてて伝票を書き替えてもらった。ホテルへの帰り道、地下鉄の中で「hideちゃんのおかげで、損した」とブツブツ文句いったら、「何いってんの。さっさとサインすりゃいいものを、どーしよーとか迷ってるから、俺が決めてあげたんじゃない。俺は、不正なことが大嫌いなんだ。だから、これから俺のことを天使様と呼べ」なんて、いってた。まったくどこまでが本音でどこまでがジョークなのか、さっぱりわからないhideだった。
MEMORIES
 7年ぶりに歩くヴィレッジは、ずいぶん様変わりしていた。新しいブティックやカフェがたくさんオープンしていて、逆に昔好きだった店がなくなっている。でも、そのアクセサリー・ショップは、7年前とまったく変わらないたたずまいで店を構えていた。小さな間口を入ると、薄暗くて狭い店内には昔と同じようにアクセサリー類が無造作に並べられている。店の奥の昔とまったく同じ場所に、、義眼の指輪も置かれていた。あの時、hideはこのウィンドウの前に立って、30分くらいかけて指輪を選んでいたっけなあ。そんなことを思い出しながらウィンドウの中を覗き込むと、星の中に義眼が入っている指輪を発見し、ビビッとくる。前にペンダント・ヘッドを買ったときもそうだったけど、いきなり一目惚れしてしまった感じなのだ。

  わたしはそのペンダント・ヘッドをすごく気にいっていて、買ったあと、しょっちゅう身につけていた。それに気づいたhideが、「いつもつけてるけど、よっぽど気にいったんだね」といったことがある。それで、「なんかあの店で一目惚れしたアクセサリーって、つけてるといいことありそうな感じがするよね」といっていた。別にオカルトチックなことを売り物にしてる店ではなかったけど(古ぼけた店の様子は、十分にオカルトチックだけど)、実はわたしも同じことを感じていたので、なんとなく不思議な感覚を覚えた記憶がある。 そんなことを思い出しながら、店のおじさんに指輪を見せてもらう。おじさんは「これはすごくいい出来の指輪で、他では絶対に手に入らない」などと説明しながら、ふとわたしの胸元に目を止めた。わたしは、その時、7年前に買ったペンダント・ヘッドをしていたのだ。じっとそれを見つめるおじさんに、「これは7年前にこの店で買ったものだ」というと、彼は「やっぱり、そうか。そんな気がしてたんだ」と納得したようにうなずいた。それから、「でも売ったのは俺じゃないだろう。俺は、自分が売った品物は全部覚えているから」といい、「きっと売ったのは、あの人だろう」と店の中央に飾ってある大きな写真を指差した。それは、白い髭を生やしたおじいさんの写真だった。わたしは、その時に初めてその写真の存在に気がついたんだけど、たしかにその顔には見覚えがあった。100ドルの品物を1ドルで売ろうとした、あの時のおじさんの写真なのだ。「たしかに、わたしはこれをあの人から買ったの」というと、おじさんはちょっと寂しそうな表情になって、「俺のオヤジだ。5年前に死んだ」といった。その瞬間に、胸がキュンと痛んだ。あの時、この同じ場所で、わたしの横にいたhideと、ショー・ウィンドウの向こう側に立っていたおじさんの姿が、瞼の裏に浮かんで消えていった。

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