ロックンロール日記
hideのいた風景
SHOXX2000年9月号よりその1
 東京、西麻布。六本木から渋谷方面に向かい、10分ほど歩いたところにその街はある。昔からこのあたりは霞町とも呼ばれ、最先端の夜遊び人が集まるゾーンとして有名だった。おしゃれなバーや最新の流行を発信するクラブ、食通の集まる隠れ家のようなレストランが点在し、その多くが夜明けまで営業している。居酒屋やエッチなお店の類はいっさいなく、近いにも関わらず、六本木とはまったく異なる趣を持った街なのだ。
 そんなこの街を、hideはこよなく愛していた彼は酒を飲む時、店にわりとこだわるほうで、お気に入りの馴染みの店に足繁く通うタイプだった。たまに行きたい店が見つからないと、なんとなく目についた店に入ってしまうこともあったが、そんなことはほとんど稀だった。たいていは「××に行こう!」といって、遠くにいてもわざわざタクシーでのりつける。そんな彼がなんで西麻布が好きだったのか、その理由を聞いたことはない。街が醸し出すアッパーな空気が好きだったのか、彼好みの洒落た雰囲気の店が多かったからなのか、それとも、単に夜遅くまで営業している店が多いからだったのか。どちらにせよ、彼が酒を飲むためにいちばん多く足を運んだ場所が、西麻布であることは間違いないだろう。それ以外に思い浮かぶのは、彼がデビュー前に住んでいた中央線沿線の阿佐ヶ谷。彼はこの街にもとても愛着を持っていて、デビューして都心に引っ越してからも、わざわざ酒を飲むために仲間を引き連れてこの街までやってきていた。阿佐ヶ谷にも馴染みの店が多く、東京ドームの打ち上げ三次会を馴染みの居酒屋で行い、店のママさんに(hideは彼女のことを気さくに「おばちゃん」と呼んでいたが)「紅白に出て、東京ドームでコンサートをやったバンドが、こんな店で打ち上げをやってくれるなんて……」と、感激されたりもしていた。また、西麻布からはタクシーのワン・メーター以内で行ける麻布十番や六本木芋洗い坂、事務所があった恵比寿などが、彼の得意なテリトリーだった。こうして、あげてみると街の雰囲気はバラバラだが、ひとつだけどの街にも共通している点がある。それは、朝までやっている店が多い、という点だ。飲みだしたら非常に長いhideが好きな街の条件は、やはり「朝までゆっくりと腰を落ち着けて、飲める」ということなのかもしれない。
MEMORIES
 hideが通った西麻布の店の中で、もっとも印象に残っている店というと、今はなきレッド・シューズだろうか。この店は数ある西麻布のバーの中でも老舗中の老舗で、夜な夜な多くのアーティストやクリエイターが集まる場所として知られていた。コンサートの打ち上げやパーティに使われることも多く、hideと一緒に行ったときに他のアーティストと遭遇することも多かった。この店の閉店時間が正式に何時だったのか、いまだにわたしは知らない。なにしろ「閉店だから」という理由で、店を追い出された記憶がまったくないのだ。この店に来るときは既に二次会か三次会になっていることが多く、たぶん真夜中前に入店したことはほとんどなかったように思う。来る時間が遅かったからか、店を出るといつも外は明るかった。この店はビルの地下にあったので、時間の経過がまったくわからなくて、帰るときになって「えー、もうこんな時間なんだ!」と驚くことも少なくなかった。わたし自身のいちばん遅くに店を出た記憶は、東京ドームの打ち上げの時で、たしか朝の8時か9時頃だったと思う。ビルの外に出て燦燦と降り注ぐ太陽の光に目をしばたかせながら、「あーあ、今日って元旦なんだよなぁ」などとため息をついたものである。その時、まだ店の中にはhideを始めとしてPATAやheathも残っていた。その日は昼の12時頃まで飲んでいたというhideは、「おかげで、俺の元旦はなくなっちゃったよ!」と笑っていた。元旦から昼の12時まで飲ませてくれるお店なんて、それだけでhideに愛される資格は十分すぎるほどあるといえる。
 レッドシューズはその店名が示すとおり、店内が赤っぽい印象の店だった。多分、「上海」をイメージして、デザインされた店だったのではないだろうか。それほど広くはないスペースにカウンターと丸テーブルがいくつか置いてあり、壁一面のプロジェクターでいつも洋楽のビデオを流していた。ローリング・ストーンズやエアロ・スミス等オーソドックスなバンドのビデオが多かったが、hideがそのビデオに特別な興味を示すことはほとんどなかった。音と映像が、シンクロしていなかったからかもしれない。店内にはBGMがかなり大音量で流れていて、隣の人以外と話をするときには、結構、大きな声を出さなくてはならなかった。だから、打ち合わせとかちょっと真面目な話をする時はもっと静かな店に行き、そこで話がまとまるとこの店に流れてくるというパターンが多かった。メニューにはチャイニーズ・フードが多くて、明け方に酒のつまみとしてシュウマイやヤキソバなんかを食べたりしていた。一度、YOSHIKIと一緒の時に、麺好きな彼がヤキソバを食べているのを見たhideが、「うまそう。俺も食う」といって、スクっと立ち上がって自分でカウンターにいってオーダーしたことがあった。お酒を飲む人の中には飲み出すと食べ物をいっさい食べない人もいるが(ちなみに、PATAはこのタイプ)、hideはちょこちょこつまむほうだった。この時はよほどヤキソバが食べたかったのか、「早くこないかな」といってテーブルで待っていて、ようやくウェイターが持ってきた時には、すごく嬉しそうな表情をして、一心不乱に食べていた姿が忘れられない。コンサートのあととか取材のあととかテレビ出演のあととか、いろんな時にこの店を訪れた。そして、数々の事件も起こった。意味不明の大騒ぎをしたこともあったし、喧嘩もあったし、乱闘事件もあった。けれど、不思議と出入り禁止になることはなく、店の人から冷たい視線を送られることもなかった。だから、hideは自分の家のような感覚で、この店を愛していたのかもしれない。
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MEMORIES
大島暁美のロックンロール日記